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最高裁判所第三小法廷 昭和49年(あ)2216号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人堀合辰夫、同長谷川修連名の上告趣意は、違憲(三九条違反)をいうが、実質は単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない(なお、原判示の事実関係のもとで被告人が他人の氏名を冒用して交付を受けた略式命令は冒用者である被告人に効力を生じないとした原判決の判断は、正当である。)。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(江里口清雄 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 高辻正己)

弁護人堀合辰夫、同長谷川修の上告趣意

原判決は憲法三九条に違反し、破棄を免れない。

原判決は、さきに被告人が昭和四八年三月二七日墨田簡易裁判所において、唯野貢二名義で受けた略式命令(同年四月一一日確定)における被告人は本件被告人小川ではなく、その表示にしたがい唯野貢二と認むべきであるとしたうえ、本件無免許運転の罪と観念的競合の関係にある右略式命令の内容となつている酒気帯び運転の罪については、未だ本件被告人に対する確定裁判は存在しておらず、したがつて本件無免許運転の罪は刑訴法三三七条一号にあたらないとして、右事実につき有罪の言渡しをした。

しかしながら、原判決は右略式命令における被告人の認定を誤つている。被告人を定める基準については、起訴状等書面にあらわれた被告人の表示、検察官の意思、被告人としての行動等が考えられるのであるが、右略式命令の内容となつている道路交通法違反事件においては、現実に酒気帯び運転を行なつたのは本件被告人小川であり、また右事件はいわゆる三者即日処理方式によつて、本件被告人小川が唯野貢二の氏名を冒用して、一日のうちに捜査機関による取調を受け、公訴を提起され、裁判所において事実上人違いなきかを確められたうえ被告人として唯野貢二名義の略式命令の交付を受け、即日自ら罰金を納付しているのであつて、その間本件被告人小川が終始被告人として行動していることはもとより、検察官も現実に酒気帯び運転を行なつた本件被告人小川その者について公訴を提起し裁判を請求しているのであるから、右略式命令における被告人は本件被告人小川であると認めるのが相当である。これをもし原判決のごとく、右略式命令における被告人は本件被告人小川でなく唯野貢二であるとするならば、単に氏名を冒用されたに過ぎない者を被告人とすることとなり、極めて不当な結果を招くこととなる。けだし、かような見解にしたがうときは、氏名を冒用されたに過ぎない者に対し無罪を言渡さなければならないこととなり、その者を出廷させるために勾留を必要とする場合も出て来るからである。それゆえ、単に氏名を冒用されたに過ぎない者を被告人とみるような原判決の見解は明かに不当といわなければならない。

そうとすれば、本件無免許運転の罪と観念的競合の関係にある酒気帯び運転の罪については、すでに本件被告人に対する確定裁判が存在していることとなり、右無免許運転の罪は刑訴法三三七条一号の確定判決を経たときにあたり、したがつて右無免許運転の事実については被告人を免訴すべきものである。

しかるに、原判決が本件無免許運転の罪は刑訴法三三七条一号にあたらないとして右事実につき有罪の言渡しをしたことは一事不再理を保証した憲法三九条に違反するものである。

よつて、原判決はこの点において破棄を免れないものと信ずる。

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